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寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。(1/3)

おいおい、人の価値って二時間程度で分かっちゃうのかよ?
俺はあらためて店内を見回した。
なんていうんだろうな、眼鏡のない眼鏡屋、
宝石のない宝石店みたいな空間とでもいうか。


「自分の人生には、何円くらいの価値があるか?」
そんな質問をされたことがあったな。
確か、小学四年生の道徳の授業だったか。

大半の生徒は、きょろきょろ周りを見ながら、
最終的には、数千万から数億という結論を出してさ。
「お金では買えない」って考えを譲らない生徒もいたね。

大人に聞いても、似たような答えが返ってくるだろうな。
少なくとも俺は、実際に寿命を売るその日までは、
自分の人生は二、三億くらいの価値があると思ってた。

だから十年か二十年くらい寿命を売って数千万得て、
残りの人生を楽に生きるのが利口だと考えてたんだよ。
幸せな六十年とそうでもない八十年だったら、
前者の方が絶対いいに決まってるからな。

査定結果を見た時はひっくり返りそうになったぜ。
どうやら俺の一生、百万円にも満たないらしいんだよ。


二十歳の七月くらいの時の話なんだが、
その頃、俺はとにかく金に困ってた。

白米とみそ汁以外のものを口にしてなくてさ、
数日前、ウェイターのバイト中に三回ぶっ倒れて、
そろそろ栄養のあるものを食べないとまずいと思った。

金になるものといったら、家具、数十枚のCD、
それに数百冊の蔵書の他には考えられなかったな。


ほとんど中古品で、たいした価値はないんだが、
それでも一か月の食費くらいにはなるかと思って、
できるだけ新品に近付けようと入念に掃除して、
行きつけの古書店や楽器屋に売りに行ったわけだ。


古書店の爺さんは、俺が本を大量に売りにきたのを見て、
「一体何があったんだ?」って心配してくれた。
普段はそっけない爺さんだったから、意外だったな。

「紙はおいしくありませんからね」って俺が遠回しに答えると、
爺さんは心底同情したような目で俺を見つめた。
でも金はくれなかったな。向こうも貧乏だから仕方ないけど。

はした金を受け取って店を出ようとすると、
爺さんは「なあ、ひとつ話がある」と俺を引きとめた。
金くれんのかなーと思って「はい?」と戻ると、
言われたんだよ、「寿命、売る気ねえか?」って。


老いの恐怖でついにボケちまったかと思いつつ、
俺は話半分に爺さんの説明を聞くことにした。

つまりは、こういうことらしい。
ここからそう離れていないとこにあるビルに、
寿命の買い取りを行っている店が入ってるらしい。
そこでは時間や健康さえも売れるんだが、
寿命は特に高値で取引されてるんだそうだ。

爺さんは震える手で地図と電話番号まで書いてくれたが、
俺でなくたって、そんな話、爺さんの願望が作り上げた
空想に過ぎないって思ってしまうだろう。
ちょっとかわいそうに思ったね。死ぬの怖えんだろうな、って。

ところが、次に訪れたCDショップでも、
俺は古書店の時とまったく同じことを言われるんだ。

しかも今度の相手は二十代後半の兄ちゃんで、
さすがにボケてるとは考えにくいんだよな。

「ここだけの話っすけどね」と彼は教えてくれた。
「近くに、寿命を買い取ってくれる店があるんすよ」

しかも彼、実際に寿命を売った経験があるそうなんだ。
「いくらくらいになりました?」と興味本位で聞いてみると、
「口止めされてるんすよねー」とごまかされた。

全世界にからかわれてる気分になったな。



だが結局、俺はそのビルに向かうことになった。
CDも本も家具も、まったく金にならなかったからだ。

寿命を売るなんて話を信じたわけじゃない。
しかし、俺はこういう可能性を考えたんだよ。
爺さんや兄ちゃんが言っていたことは何かの比喩で、
実はものすごく割のいいバイトがあるんじゃないかって。

寿命を縮めるようなリスクを負う代わりに、
一か月で百万くらい稼げたりするとか、そういうの。

ところが、うす暗い階段を上がってドアを開け、
目が合った店員らしき女が、俺の顔を見るなり
「時間ですか? 健康ですか? 寿命ですか?」
なんて言ってくるもんだから、笑っちゃうよな。


一連の出来事で神経がまいっていたのか、
俺はもう考えるのが面倒になって、「寿命」と答えた。

「二時間ほどお時間をいただきます」と女は言い、
すでに両手はPCのキーボードをかたかた叩いていた。

おいおい、人の価値って二時間程度で分かっちゃうのかよ?
俺はあらためて店内を見回した。
なんていうんだろうな、眼鏡のない眼鏡屋、
宝石のない宝石店みたいな空間とでもいうか。

でも俺の目に見えないだけで、本当はそこら中に
寿命とか健康とか時間が飾ってあるのかもしれない。
なんてな。いつまでこの笑えない冗談は続くんだ?



駅前の広場に行って、煙草に火を点け、
最後の一本を時間をかけて味わった。
煙草もそろそろやめなきゃな、と思う。
金食い虫だし、健康にもよくねえからな。

近くで鳩に餌をやっている老人がいたんだが、
それで食欲が湧いてしまう自分が情けなかったな。
もうちょっとで鳩と一緒に地面をつっつくとこだったぞ。

寿命、高く売れるといいなあ、と思った。

駅で時間を潰した後、俺は少し早めに店に戻り、
ソファでうたた寝しながら査定結果が出るのを待った。
二十分ほどして、俺の名前が呼ばれた。
妙だよな。俺、一度も名乗った覚えはないんだよ。


査定結果を見て、俺は変な声をあげちまった。

一年につき一万円? 余命三十年?

ブックオフだってもう少しまともな値段をつけるぞ。
カメか何かの結果と取り違えたんじゃないのか?
でも、そこには確かに俺の名前が書いてある。

「これ、何を基準に決められてるんですか?」
俺はそう言いつつ査定表を女店員に見せた。

「色々です」と彼女は面倒そうに答えた。
「幸福度とか、実現度とか、貢献度とか、色々」
多分、こういう質問に飽き飽きしているんだろうな。


女店員はシステムの詳細を教えてくれた。
本当は教えちゃいけないらしいんだが、
あんまりにも俺がしつこかったんだろうな。

特にショッキングだった情報は、一万円というのが、
寿命一年あたりの最低買取価格だったってこと。

ようするに、俺の人生は限りなく無価値に近いってことだ。
幸せになれず、また誰一人幸せにできず、
何一つ達成できず、何一つ得られないらしい。

「問題がなければ、こちらにサインをお願いします」
女店員がしびれを切らしたように言うが、
これを見て問題がないって言うやつがいたら、
そいつは脳の病院に行った方がいいと思うぜ。

だがその頃には俺の感覚は麻痺しちまっててさ、
自分の物や時間を安売りするのに慣れ過ぎてた。
で、ヤケになって、こう答えちまったんだ。
「三か月だけ残して、あとは全部売ります」


三十万入った封筒を持って、俺は店を出た。

引きつった感じの笑いがこみあげてきたな。
何が悲しいって、俺の寿命の安さの理由、
俺自身、なんとなく分かる気がするんだよ。

だがそれについては考えたくなかったから、
帰り道に酒屋によって大量にビールを買いこんで、
俺はそれを飲みながら夜道をゆっくり歩いた。

酒なんて飲むのは本当に久しぶりだったね。
だからすっかりアルコール耐性もなくなってて、
俺は帰宅して二時間後には吐いてた。

余命三か月、最低のスタートを切ったわけだ。



眠りにつけたのは朝四時くらいだったなんだが、
こういう日に限って、幸せな夢を見ちまうんだよな。
小学生の頃の夢だった。なんでもない夏休みの夢。
親の車で、幼馴染とキャンプにいった時の夢。

ああ、泣いたね。寝ながら泣いてたね。
無慈悲に幸福な夢から俺を救出したのは、呼び鈴の音だった。
無視し続けてると、俺の名を呼ぶ声がした。

ドアを開けると、見慣れない女が立っていた。
なんか条件反射的に喜んじまったけど、
その目つきを見て、俺は思い出した。

そいつは俺の寿命の査定をした女だったんだ。
「今日から監視員を務めさせていただくミヤギです」
そう言うと、ミヤギと名乗る女は俺に軽く会釈した。

監視員。そういえば、そんな話もあったっけ。
二日酔いの頭で昨日の記憶を探りつつ、
俺はトイレに駆け込んでもう一回吐いた。


げっそりした気分でトイレから出ると、
監視員がドアの正面に立っていた。
最前席で聞きたかったのかな、俺の吐く音。

うがいをして水をコップ三杯飲みほすと、
俺は再びベッドに戻って横になった。

「昨日も説明しましたけど」と横でミヤギが言う、
「あなたの余命は一年を切りましたので、
今日からは常時、監視がつくことになります」

「その話、後じゃ駄目か?」と俺はミヤギをにらんだ。
ミヤギは「わかりました。じゃあ、後で」と言うと、
部屋のすみっこに行って、三角座りをした。

以後、ミヤギはそこから俺を定点観測し続けることになる。
似たような経験のある人には分かると思うが、
これをやられると生活のペースはすっかり狂う。
ほら、人に見られてるとできないことって沢山あるだろ?


寿命が一年を切った客には監視員が付くってのは、
確かにあらかじめ聞いていた話ではあったんだ。

ミヤギの説明によると、寿命が半年を切った客が、
ヤケになって問題を起こすことがあまりに多いから、
それを未然に防ぐために監視員が導入されたそうだ。

もし俺が他人に多大な迷惑をかけそうになったら、
監視員が本部に連絡して、俺の寿命を尽きさせるらしい。
トラヴィス・ビックルにはなれないってこった。

ただ、最後の三日間だけは、監視員も外れて、
純粋な自分の時間を満喫できるそうだ。
統計的に、そこまでくると人は悪さをしなくなるとか。


夕方には、吐き気も頭痛も消えていた。
俺はようやく物をまともに考えられるようになってきた。

昨日、衝動的に寿命の大半を売ったことについては、
自分でも意外なほど後悔していなかったな。
むしろ、三か月も残さなきゃよかった、とさえ思った。
監視されっ放しの三か月なんてごめんだからな。
三日くらいしかいらなかったんじゃないのか?

さて。自分の価値の低さを今さら悩んでも仕方ない。
問題は、これから何をするかだろう。三か月で。

俺はルーズリーフを一枚取り出し、ペンを手に取り、
そこに「やりたいことリスト」を作成した。
いよいよそれらしくなってきたな。


やりたいことリスト。たとえば、こんな感じだ。

 ・幼馴染に会って礼を言う

 ・親友と会って馬鹿話をする

 ・なるべく多くの時間を家族と過ごす

 ・知人全員に向けて遺書を書く

 ・大学には行かない

 ・アルバイトにも行かない

まあ、全体的に平凡な発想だ。
誰に書かせても似たような感じになるだろうな。



いつの間にか真後ろにミヤギがいて、
俺の書いたリストを眺めていた。

「それ、やめた方がいいですよ」
一つ目の項目を指差して、彼女は言った。
”幼馴染に会って礼を言う”。

「なぜ?」と俺はミヤギに訊ねた。

――幼馴染について、ちょっと説明するか。
夢にも出てきたその子と俺は、四歳からの仲でさ。
彼女が転校するまでは、どこにいくにも一緒だったんだ。



中学に入って新しい環境に馴染めず、
クラスで孤立した俺に唯一毎日話しかけきて、
「どうしたの?」って聞いてくれたのも幼馴染だった。

離れ離れになった後も、辛いことがあったとき、
俺が思い浮かべるのは幼馴染のことだった。

彼女がいなきゃ、今の俺は無かっただろうな。
まあ、無いなら無いでいいんだけどな。

とにかく俺は彼女に感謝していたんだ。
ここ数年まったく連絡はとっていなかったが、
もし彼女に何かあったら、真っ先に駆けつけようと思ってた。
どんな形でもいいから、彼女に恩返ししたいと思ってたんだ。



「その幼馴染さんですけど」とミヤギは告げる。

「十七歳で出産してるんです。で、高校を退学。
十八歳で結婚しますが、十九歳で離婚してます。
二十歳の現在は、一人で子育てしてますね。
ちなみに二年後、首吊り自殺することになってます。

いま会いにいくと、多分『お金貸せ』とか言われますよ。
あなたのこと、ほとんど覚えてませんし」



俺がどんな反応を示したかって?
そりゃ、がっつり傷ついたさ。がっつりな。
一番大切な記憶を台無しにされたんだからな。

情けない話なんだが、二十歳になっても、
俺の根っこの部分はどこまでもピュアと言うか
ナイーヴというかセンシティヴというか、
ようするに子供の頃から成長していなかったんだな。

何かが変わったり、何かが終わっていく、
そういうことが、いまだに耐えらないんだよ。
成人男性のくせにカナリヤ並に敏感なんだ。



それでも俺は極力気にしていないふりをして、
「ふうん」と言いながら煙草に火を点けた。

三本くらい吸うと、体調が悪いせいか、
嫌な感じに頭が痛くなってきてたな。
でも吸い続けた。色んなことを忘れるために。

ミヤギは部屋のすみに戻っていった。
で、ノートにさらさらと何かを書いてたな。

気が付くと、いつの間にか日が落ちていた。
俺は自分の書いたリストに目を落とし、
幼馴染の項に取り消し線を引いた。

それからもう一度リストをじっくり眺めて、
電話を手に取り、ゆっくりボタンを押した。


『どうしたの? 珍しいね、あんたからかけてくるなんて』
お袋の声を聞くのは、本当に久しぶりだった。
バイトと勉強が忙しくて電話をする暇がなかったからな。

「急で悪いけど、今から実家に帰っていいかな」。
俺はお袋にそう聞くつもりだったんだ。
で、家族の無償の愛とやらに包まれながら、
余生を穏やかに過ごそうと思ってたんだよ。
だが、こっちが何か言う前に、お袋はべらべらと喋り出した。

それは俺の二つ下の、弟の話だった。
お袋はことあるごとにあいつの話をしたがるんだよ。

というのも俺の弟、ちょっとした有名人なんだ。
野球をするために生まれてきたような男でさ、
一年の時から甲子園で投げてるんだよ。
テレビにもしょっちゅう出てるんだ。自慢の弟さ。



弟の相変わらずの大活躍については勿論のこと、
お袋は、弟が連れてきた恋人の話までし始めた。

「とにかく美人なのよ」とお袋は二十回くらい言った。
「同じ人間とは思えないほど美人でね、その上性格も……」
まるでもう孫ができましたみたいな話ぶりでさ。
俺の話なんて全く聞こうとはしてねえんだよな。

実家に帰ろうという気持ちは、段々としぼんでいった。
最近では、その弟の素敵な恋人さんってのを、
しょっちゅう家に招いて夕食を一緒にするらしい。
その場に俺が混ざるのを想像しただけで死にたくなったね。

俺は適当なところで電話を切った。実家に帰るのは、やめた。



今日は何をしても駄目な日なんだ、と俺は決めつけた。
好きなことでもして気分を紛らそうじゃないか。
それで明日になったら、また何をするか考えよう。

というわけで、欲望の赴くままに過ごそうと決めた俺だったが、
その上で、どうしても邪魔になるやつが部屋のすみにいるんだよな。

「私のことはいないと思ってくださって結構ですよ」
俺の気持ちを察したのか、ミヤギはそう言う。
だが、本人がいくらそう言っても、気になるものは気になる。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり神経質なんだ。

同世代の女の子に見られてるのを意識しだすと、
行動のひとつひとつがおかしくなるんだよ。
「自然体っぽい格好よさ」を出そうとしちまうんだな。
気付くと髪を触ってるんだ。完全に自意識過剰だ。


しばらくは、手元に残ってた本の中でも一番難解な
「フィネガンズ・ウェイク」を読んで格好つけてた。
当然、内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
余命三ヶ月だってのに、何をやってるんだろな。

読書に飽きた俺は近所のスーパーに行って、
グラス付きのウイスキーと氷を買った。
ミヤギも菓子パンやら何やらを買いこんでた。
それを見た俺は、なんか幸せな錯覚に陥ってさ。

実を言うと、俺には昔から憧れがあったんだよ。
同居してる子と部屋着のままスーパーに行って、
食材とかお酒を買って帰ってくる、って行為に。

羨ましいなー、って思いながらいつも見てた。
だから、たとえ監視が目的だろうと、若い女の子と
夜中のスーパーで買物するってのは楽しかったんだ。
むなしい幸せだろ? でも本当だから仕方ない。



家に帰って、ウイスキーをちびちび飲んでいるうちに、
俺は久しぶりに良い気分になってきた。
こういうとき、アルコールってのは偉大だな。

部屋のすみでノートに何かを書いているミヤギに
俺は近づき、「一緒に飲まない?」と誘ってみた。

「結構です。仕事中なので」
ミヤギはノートから顔も上げずに断った。

「それ、何書いてんだ?」と俺は聞いた。

「行動観察記録です。あなたの」

「そうか。いま俺は、酔っ払ってるよ」

「そうでしょうね。そう見えます」
ミヤギはめんどくさそうにうなずいた。
実際めんくせーんだろうな、俺。


完全に酔いが回った俺は、なんだか自分が
悲劇の主人公になったような気がしてきた。

で、落胆の反動っていうか、双極性っていうかさ。
急にポジティブになったんだよ。
得体のしれない活力が溢れてきたわけ。

俺はミヤギに向かって、高らかに宣言した。
「俺は、この三十万円で、何かを変えてみせる」

「はあ」とミヤギは興味なさそうに言った。

「たった三十万円だろうと、これは俺の命だ。
三百万や三億より価値のある三十万にしてやる」

俺としては、かなり格好良いことを言ったつもりだったね。


でもミヤギはしらけっぱなしだった。「皆、同じことを言うんですよ」

「どういうことだ?」と俺は聞いた。

「死を前にした人は、皆、極端なことを言うようになるんです。
……でもですよ、クスノキさん。よーく考えてください」
ミヤギは感情のない目で俺を見すえて言った。

「三十年で何一つ成し遂げられないような人が、
たった三か月で何を変えられるっていうんですか?」

「……やってみなきゃわかんないさ」と俺は言い返したが、
実際、彼女の言ってることは、どこまでも正しいんだよな。


俺はそこであることに気付いて、ミヤギに聞いた。
「なあ、あんた、もしかして、この先三十年かけて
俺の人生に起こるはずだったこと、全部知ってんのか?」

「大体は知ってますよ。もう意味のないことですけどね」

「俺に取っちゃ相変わらず有意味だよ。教えてくれ」

「そうですねえ」とミヤギは足を崩しながら言う。
「まず一つ言えるのは、あなたが売った三十年の中で、
あなたが誰かに好かれることはありません」

「それって悲しいことだよな」と俺は他人事のように言った。


「あなたは誰のことも好きになることができず、
そんなあなたを周りの人間が好きになるはずもなく、
相互作用でどんどんあなたと他人の距離は開いて、
最終的に、あなたは世界に愛想を尽かされるんです」

ミヤギはそこでちらっと俺の目を見た。

「『それでも、いつかいいことがあるかもしれない』。
そんな言葉を胸にあなたは五十歳まで生き続けますが、
結局、何一つ得られないまま、一人で死んでいきます。
最後まで、『ここは俺の場所じゃない』って嘆きながら」

「それって悲しいことだよな」と俺は機械的に繰り返した。
でも内心、やっぱりしっかり傷ついていた。
ただ、かなり納得できる話でもあったな。


さらにミヤギが続けた話によれば、
俺は四十歳でバイク事故を起こすらしい。
その事故で顔の半分を失い、歩けなくなるとか。

かなり気のめいる話だったが、一方で、
それを経験する前に死ねることを考えると、
案外俺はラッキーなのかもしれないと思った。

そうなんだよな、半ば期待する余地があるから、
五十年も無意味な人生を送ったりしちまうんだ。
完全に良いことが何もないって分かってれば、
逆に何の未練もなく逝けるってもんだ。


俺は気を紛らそうとして、テレビをつけた。
番組ではスポーツ特集をやっているらしかった。
まずいと思ってチャンネルを変えようとした頃には、
弟の顔と名前がしっかり画面上に出ていた。

俺は反射的にグラスを投げつけてたね。
テレビが倒れて床に落ち、グラスの破片が飛び散る。

俺はふっと我に返り、ミヤギの方を見る。
彼女は明らかに警戒した様子で俺のことを見ている。

「弟なんだよ」と俺は努めて明るく言ったんだが、
それが逆に本格的にイカれてる人っぽくて笑えたな。

「……弟さんのこと、あんまり好きじゃないんですね?」
ミヤギは軽蔑するような調子で言った。
「あんまりね」と俺はうなずいた。
隣の部屋から壁を殴る音がした。


割れたグラスを片付けたりなんかしていると、
俺の酔いはまずい感じに醒めてきた。
このまま完全にアルコールが抜ければ、
最悪の精神状態になるのが目に見えてた。

だから俺はある人に電話をかけたんだ。
思うに、これもまた最悪の選択だったな。
俺ってやつは、自分で自分の人生を
悪い方向に転がすことにかけては一流なんだ。

電話の相手は、高校の頃の一番の友人だった。
数か月間一度も連絡をとってなかったのに、
「今から会えないか」なんて無茶なことを言う俺に、
友人は「今からそっちにいくよ」と快く応じてくれた。

その時は、ちょっと救われた気でいたな。
まだ俺のことを気に掛けてくれている人がいるんだ、って思った。


この上なく情けない話なんだけどさ、
友人と会うにあたって、俺にはちょっとした下心があった。

このミヤギって子、見てくれはそれなりなんだよ。
愛想はないけど、ふるまいがかわいいんだ。
その子が俺の後ろをずっとついてくるわけ。
そりゃ、それが監視員の仕事だからな。

でさ、スーパーを歩いてる最中、俺は思ったんだよ。
周りには、俺たち恋人同士に見えてるんじゃないか、って。
むしろそれ以外の何に見えるって言うんだろうな?

俺は、友人がそういった勘違いをしてくれることを期待してたんだ。
かわいい子を連れてることを自慢したかったのさ。
聞いてる方が恥ずかしくなるような動機だろ?
だが俺にとっては切実だったんだ。


レストランのテーブルにつくと、ミヤギは俺の隣に座った。
俺は満足して、早く友人が来ないかとうずうずしてたね。

時計を見る。ちょっと着くのが早すぎたらしい。
友人が来るまでコーヒーでも飲んで待つことにした。

ウェイトレスが来ると、俺は自分の注文を言った後、
ミヤギに向かって、「あんたはいいのか?」と聞いた。

すると彼女は気まずそうな顔をした。
「……あの、最初に言いませんでしたっけ?」

「何を?」と俺は聞きかえした。

「私、あなた以外には見えてないんですよ。
声も聞こえてないし、触っても気付かないんです」

ミヤギはウェイトレスの脇腹を突っついた。たしかに、無反応だった。


俺は目線を上げてウェイトレスの顔を見た。
「うわあ……」って目で俺のことを見てたね。

これはやっちまったな、と思った。
しばらく恥ずかしさで顔が真っ赤だった。

こうなると、友人に女の子を自慢するという
ささやかな夢も叶わなくなったわけだ。
二重にも三重にも惨めだったな。
俺の場合、寿命や健康や時間なんかより、
惨めさを売った方がよっぽど金になりそうだ。

もう帰っちまおうかとも思ったけど、
そこにちょうど友人が現れちまったんだ。
俺たちは大袈裟に再会の喜びを分かち合った。
半分ヤケだったな。もう正直どうでもよかったんだよ。


高校時代、俺たちは不満の塊だった。
ことあるごとに二人でマクドナルドに居座って、
何時間でも愚痴を言い合ったもんだった。

多分、当時の俺たちが本当に言いたかったのは、
「幸せになりてえなあ」の一言だったんだろう。
でもそれを口にするのが怖くて、俺たちは、
何時間も呪詛を吐いてうさ晴らししてたんだ。

しかし、久しぶりに顔を合わせた友人は、
たしかに愚痴こそ言うものの、あの頃とは
何かが根本的に変わってしまっていた。

なんていうか、それは現実的で妥当な愚痴なんだな。
あの頃の理不尽で非現実的で的外れな愚痴とは違う。
今の彼が口にするのは、バイト先の愚痴とか、
彼女の愚痴とか、そういうのなんだ。


俺は耐えられなくなってきてさ。
友人の話は露骨な自慢話になっていくし、
隣ではミヤギがぼそぼそ俺に話しかけてくる。

俺は二人に同時に話しかけられるのが大嫌いで、
そういうことをされると、頭が破裂しそうになるんだ。

で、あっさりと限界を迎えた。
まあ、ただでさえ余裕がなかったのもあったんだろうな。

気が付くと、俺はミヤギに「黙ってろ!」って怒鳴ってたんだ。
店内が静まり返ったな。数秒後、一気に血の気が引いて行った。

友人に何か言われる前に、俺は金を置いて席を立った。
いよいよ精神異常者みたいになってきてたな。
こりゃ三十万しかもらえないわけだ。


俺は夜道を歩いて帰った。酔いはすっかり醒め、
体調は悪いくせに、目は冴えまくっていた。

ちっとも眠れそうになくて、俺はテレビを見ようと思ったが、
そういえば自分でグラスをぶつけて破壊したんだった。
幸い音だけは出るみたいだったから、
俺はそれを巨大で不親切なラジオだと思うことにした。

缶ビールを開けて、プリッツをつまみに飲む。
ミヤギは俺の観察記録を書いているようだった。
俺のレストランでの愚行について書いてるんだろうな。


「なあ、さっきは怒鳴って悪かった」と俺は言った。
「確かに、あんたの言う通りだったんだ。
俺は適当な嘘でもついて、さっさと店を出るべきだった」

「そうですね」とミヤギはこっちを見ずに答えた。

「それを書き終えたら、一緒に飲まないか?」

「飲んで欲しいんですか?」と彼女は聞きかえしてきた。

「そりゃもうな。寂しいから」と正直に答えると、
「悪いですけど、仕事中なんで無理です」と断られた。
じゃあ最初からそう言えよって話だよな。

夜が明けてきて、小鳥のさえずりが聞こえ始める。
ミヤギは一分寝て五分起きるみたいなサイクルで
俺のことを監視しているようだった。
なんつうか、タフだよな。俺にはとてもできそうもない。


夕暮れになって、俺は目を覚ました。

にわかには信じられないかもしれないが、
もともと俺はかなり真面目な性格なんだ。
十二時に寝て六時に起きるのが基本でさ。
夕焼けに照らされて目覚めるってのは、新鮮な感じだった。

部屋のすみを見ると、ミヤギは変わらずそこにいた。
いつの間にかシャワーを浴びたらしく、
近くを通った時にせっけんの匂いがした。

同じ俺の部屋なのに、ミヤギのいる周辺だけは
まったく異質の空間みたいな感じがしたな。

俺は例のリストを眺め、今日は遺書を書くことに決めた。
近所の商店で便箋を買ってくると、俺は万年筆を手に取った。


手紙なんて書くのは久しぶりだな、と思った。
最後にまともな手紙を書いたのはいつだろう?
俺は記憶を探る。おそらくそれは、小六の夏。

あの夏、クラスの皆でタイムカプセルを埋めたんだ。
銀色の球形のカプセルに、当時の宝物ひとつと、
未来の自分への手紙を入れたんだよな。
皆、一生懸命書いてたな。案外面白いんだよ、あれ。

二十歳になったらそれを掘り出そうって決めてたけど、
今のところ、何の連絡もきていなかった。
俺だけに連絡がきてないってことも考えられるが、
十中八九、係のやつが忘れちまったんだろう。


そこで俺は思ったんだよ。どうせ誰も掘り出さないなら、
俺一人でタイムカプセルを掘り出してやろう、ってさ。

そういうノスタルジックでロマンチックで、
甘い感傷に浸らせてくれるものを俺は求めていた。

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プロフィール

おばけ

Author:おばけ
実話とか創作とか関係なく読み物として面白い怪談が好きです。
当ブログは気に入った怪談を集め好きな怪談の話になった時等に紹介したり、久しぶりに見たくなったけどタイトル覚えてないだとか、紹介される際どんな話をすでに知っているかを伝える等々用。
その辺のまとめサイトやブログなどから引っ張ってくるものばかりです。

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